僕達の願い 第31話


「二人とも遅かったな。ルルーシュに何かされたんじゃないかと心配したんだぞ」

廃墟に戻ると、扇は心配していたんだぞと、二人を迎え入れた。
そう思うなら探すなり電話一本入れるなりすればいいのにと思うのだが、それは口にも表情にも出さず、心配してくれてありがと笑顔で返した。

「さすがに心配し過ぎだぞ?大体、俺たちがこの近辺に居る事をルルーシュは知らないだろう?」
「いや、あいつは悪魔のような人間だ。俺たちに邪魔をされないよう、何か手を打つているかもしれないだろ」
「でも、今はまだ10歳ぐらいだろ?しかも皇子様なら反対に自由に動けない気もするけど。ジュースどれがいい?ああ、食べ物はパンを買ってきたんだ」
「パン屋さんが近くにあったのよ。美味しそうだったから何買うか迷っちゃって」

吉田と井上が買い物袋を開くと、皆ありがとうも言わずに袋の中に手を伸ばし、パンとジュースを手にとった。なんだ、パンか。と、小声でつぶやかれた言葉が耳に届いた。
朝からここに集まっていたから、やはり皆空腹だったのだろう。その後は無言で食事を始めたため、吉田と井上は残ったジュースとパンを手にした。




C.C.から渡された電話の向こうの玉城は警戒するような硬い声だった。
だが元気そうで、C.C.と繋がっていた、いや、ルルーシュと玉城が既に繋がっていることの証拠をこうして耳にした驚きよりも、安堵の方が勝っていた。
そう、安心したのだ玉城の声に。
もし玉城がルルーシュを擁護する意見を扇たちの前で口にしていたとしたら、何をされているか分からない。自分たちの前では玉城を心配する素振りをして、裏では・・・という想像を何度したか判らなかったから。
だが、玉城は無事だった。
今度はギアスの恐怖がムクリと湧き上がってきたが、今はその感情を押さえつけ、吉田は落ち着いた声で玉城にたずねた。

「玉城、教えてほしいんだ。ゼロの、ルルーシュの事を」

吉田は単刀直入にそう尋ねた。
携帯の事、C.C.の事、姿を消したこと。それらを聞かれると身構えていた玉城は、肩から力を抜いた。

『聞いてどうすんだよ。大体扇たちから聞いたんじゃないのか?』

不愉快そうな、探るような声音の玉城と、無表情のままこちらを見つめるC.C.に、自分の今の気持ちを正直に伝えるべきだと判断し、吉田は口を開いた。

「今日も朝に呼び出されてからずっとその話ばかりだ。もういい加減うんざりして、井上と二人昼を買ってくるって口実作って抜け出したんだ」
『へー。それじゃ俺に聞く必要なんてねーじゃん』

あからさまに不愉快そうな声音で玉城は言った。

「いや、玉城からも話を聞きたいんだ。何でもかんでもルルーシュが悪いギアスのせいだって馬鹿の一つ覚えのように連呼する扇たちの話にはついていけない。俺たちは正義の象徴、黒の騎士団だから、悪であるルルーシュを倒すんだって話は聞き飽きたんだ・・・なあ、本当に人を人と思わないような極悪人だったのか?裏切ったとか駒扱いされたっていうけど、その割に、俺たち以外全員生き残ったんだよな?何よりゼロであるルルーシュがゼロに殺された話がよく解らなくてさ」

そこまで一気に言ってから、電話の向こうの反応を伺った。暫くして『C.C.とちょっと変わってくれ』というので、言われるまま変わると「お前がいいと思う様にやればいいだろう。あいつは怒らないさ」とだけC.C.は玉城に告げると、再び携帯を吉田に渡した。

『なあ吉田。俺の話を聞いた後も扇の所にいれるか?』
「そりゃあ、扇達といるとは思うけど」

むしろここで自分たちまで離れれば、またルルーシュがと騒ぐに決まっている。そうなればバイトはともかく、家族にも迷惑をかけてしまう。せっかく戦争で死に別れた家族と再会できたのだ。不安など与えたくはない。

『そうか。じゃあ、話す。って言っても、俺も全部は知らないから、俺が知ってる事だけしか話せねぇぞ。ルルーシュもスザクもC.C.も、なーんにも教えてくれねーからな』
「構わない。俺たちは玉城が2028年までに知った話、感じた事を知りたいんだ」
『しゃーねーな。いいか、俺が話す事は扇たちにぜってー言うなよ。俺もルルーシュに操られてるんだ、ギアスのせいだって騒ぐからよ』

そう念を押してから玉城は話し始めた。

『ルルーシュは確かに皇子だった。でも、住んでた家を襲撃されてな、母ちゃんを殺され、妹も両足が動かなくなる大怪我をした。その上、妹は両目も見えなくなったんだ。それなのに皇帝は二人を日本に送った。何でか解るか?ブリタニアと戦争するんじゃないかって日本はピリピリしてるだろ?そこに身の回りの世話をする奴も付けずに皇族のガキ二人だけだ。つまり日本人に襲われて大怪我するなり、殺されるなりして来いって事なんだ。そうなりゃ仇打ちって理由で日本に攻め込めるだろ?ひでー親だよな。でもな、あいつは頑張ったんだ。動けない妹を抱えながら、炊事洗濯掃除と、皇子様が全部やってたんだぜ?信じられねーよな』

予想外の内容に、吉田は自分は一体だれの話を聞いているのか一瞬解らなくなった。
親に見捨てられた10歳の子供が目と足に障害を抱えた妹をたった一人で世話をして、身の回りのことも全部自分でやっている?
しかも異国で?
何かの物語だろうか。
高校に通う自分でさえそんな事出来ない。
だが、それをやっていた・・・いや、やっているのだろうか。
今、この時も。

『で、その頃知り合ったっていうスザクが言うには、ルルーシュがそうやって頑張って耐える事で日本でも無事に暮らしてたわけだ。でもな、皇帝はしびれを切らして、サクラダイトを理由に戦争を始めるわけよ。あのままなら今年の8月10日、来月だよな。でも、皇帝はルルーシュ達をブリタニアに戻そうなんて思ってなかったんだ。連絡一つなかったそうだ。だからルルーシュと妹はその戦争で死んだんだ』
「死んだ?」
『そ、書類上な。実際は生きてるぜ?嘘の戸籍作って、皇族じゃなく普通の人間として、妹とずっと日本で隠れてたんだ。でも、いつ見つかるか解らないだろ?皇帝に見つかったら殺されるし、別人になる手助けした奴らもいつ裏切るかもしれねぇし。不安だっただろうな、ずっと。だからルルーシュはゼロになったんだ。妹がコソコソ隠れずに住む、平和な世界が欲いからってな。だから日本を取り戻すのも目的だったけど、一番はブリタニアを壊す事、いや皇帝を倒すことだったんだ』

扇が言っていた内容とはまるで違う戦う目的。だが、妹を、愛する家族を守るため。その理由は正義の味方や日本解放のためにという大義名分よりもずっと納得できるものだった。

「扇は、ルルーシュはただ戦争を、ゲームのように楽しんでいるだけで、皆の事も裏切っていたっていってたが・・・」

火のない所に煙は立たぬともいう。
全てが作り話なのか、何かきっかけがあるのか。

『ああ、それな。裏切ったのはルルーシュじゃねーよ、俺たちだ』
「は!?」

玉城が何事もないように言った言葉は、流石に聞き間違だろうと、そう思った。だが、玉城はそれに気づくことなく話を続けた。

『扇はゼロを渡すから日本を返せってシュナイゼルと交渉したんだ。シュナイゼルはそれに同意して、俺たちはゼロに銃を向けた。でも、ゼロを命がけで助けたやつがいた。逃げられて慌てた俺たちはゼロは死んだって情報を世界に流したんだ。ゼロは死んだから、出てきたやつは偽物だって言えるようにな』
「ちょっと待ってくれ!それじゃ、裏切ったのはゼロじゃなく扇達なのか!?しかもシュナイゼルと交渉って、裏取引じゃないのか!?」

吉田が思わずまくしたてた言葉に、井上は、え?と驚きの声をあげ、吉田を見つめた。吉田の表情には嫌悪と怒りが浮いており、井上は口を閉ざし眉を寄せた。
扇たちにとって都合の悪い話は一切聞いていない。
やはり何か自分たちに隠している事があったのだ。
そして同時にようやく理解する"シュナイゼルなら理解ってくれる"と扇が言ったその意味を。

『そーゆーことだな。ルルーシュはな、銃を向けた俺たちに、これはゲームだったんだ。俺たちの事を駒だと、馬鹿にしたように笑いながら言ったよ』

それは扇たちの主張を肯定する言葉。

『でもカレンが言ってた。あれはゼロを庇っていたカレンを自分から離すため演技で、ルルーシュは傍を離れたカレンに言ったそうだ。・・・君は生きろってな。ルルーシュはその時諦めていたんだ。もう逃げ場はない、自分は死ぬんだって。だからカレンだけでもって・・・それなのに俺はっ・・・!あいつはな、吉田。誰かを守るためなら、笑いながら悪を演じれる男なんだよ。その代償が自分の命でも、これっぽっちも躊躇わないんだ。それなのに俺は、全然気づかなくて、気付けなくて・・・ゼロに、スザクに殺されるあの時まで、俺はルルーシュを恨ん・・でっ・・・』

話を進めて行くにつれ、玉城は電話の向こうで泣きだし、途中から何を言っているか解らなくなった。だが、嗚咽交じりに後悔と懺悔を繰り返している事だけは解った。

「もういい、すまないな玉城。良く解ったよ、だからお前は姿を消したんだな」

吉田は玉城の懺悔を聞きながら、眩しいほど青く澄み渡った空を見上げた。

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